仕事辞めたい人たちの体験談ちゃんねる

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コールセンターの業務はルーティンワークが多すぎる!?

新卒から5年間勤めた会社は、コールセンターの業務を主業務とする会社でした。

 

元々、コツコツと勉強するのが好きだったのと、人に何かを説明するのが得意だったので、自分に向いている職種と思い、入社を決めました。

 

しかし、コールセンターの業務は、ルーチンワークが多く、刺激が少ない毎日。また、人間関係も複雑で、黙々と仕事をこなすことを好む私にとっては、苦痛の日々が続きました。

 

そんな中、新卒の時にシステムエンジニアの職種に何社かチャレンジしたことを思い出しました。私の出身の学部は、文系ですが、大学の授業で初級システムアドミニストレーター(現 ITパスポート)の資格を取得したことがきっかけでIT系の職種にも興味がありました。

 

ただ、当時は、就職氷河期で、かつ、専門的な学部で学んだ人たちには敵わないという劣等感もあり、残念ながら、その職種につくことはできませんでした。私の中でコールセンターの業務をしながら、いつかは、エンジニアの仕事をしたいという思いがどこかにありました。

 

ただ、新卒の時に落選し続けた思いがあり、今一歩踏み出せません。まずは、面接の時のアピールポイントを作るために資格の取得にチャレンジすることにしました。

 

いきなりプログラムに関連する資格は、ハードルが高かったので、MicrosoftのMCAという初級者用の資格や、同MicrosoftのMCPという資格(その中のサーバーやネットワークに関する資格)を取得しました。

 

資格を取得するうちに、早く転職したいという気持ちが強くなりました。

 

ある日、思いきって、上司に相談して、退職の意思を伝えました。

 

部署異動の提案もありましたが受け入れてくれました。

 

その後、一ヶ月間の転職活動を行い、未経験でシステムエンジニアで働ける会社が見つかり、転職することができました。

 

子供向け音楽・英語教室の受付事務と運営の仕事をしていたときの話しです。

 

サービス残業が多く、仕事量の多いわりにお給料が見合ってないという不満の気持ちが強くなったときに、辞めたいと思いました。

 

特に開講の時期などは連日、通常業務に加えて開講準備があったのですが、勤務時間に手をつけられないことがほとんどで、

 

かといって残業が多いと会社のほうから注意されてしまうため私を含めて多くのスタッフがタイムカードを押してから、スタッフルームで

 

開講準備をしていました。

 

この業界の競争は年々激化し、一人でも多くのお客様を獲得するのに必死でした。

 

そんな激務が続いたとき、朝から休む間もなく仕事をしているのに残業になれば注意をされて、どんなに長く働いても昇給が一切ない現状がどうしようもなく空しくなりました。

 

でも最初は、働いていればきっと多くの人が何らかの不満を抱えながらも頑張っているんだと自分に言い聞かせて仕事を続けていました。

 

あとは、職場環境を改善するべく、ミーティングを開いて上司に現状を訴えて何とか残業代だけは認めてもらえるようにしてもらったり、スタッフ同士で

 

連携を強めて少しでも業務を皆で共有することによって、負担を減らしていこうしました。

 

仕事自体は好きだったのでなるべく転職せずに続けたかったのですが、退職にともない上司が変わるとまた状況は一変したのです。

 

本来上司が自分でやるべき仕事を私たちに回すようになり、今まで以上の忙しさになりました。

 

ちょうどその時期が繁忙期に重なり、これまでの様々な不満がピークに達して、会社に怒りさえ感じるようになったのです。

 

決して残業代のためにズルをして残業しているわけではなく、ちゃんと仕事をしていることを認めてほしかったのです。

 

こんな状態でしたので、転職するスタッフが後を絶ちませんでした。

 

中には、辞めたいけれど家庭の事情で辞めるに辞められないというスタッフもいましたが、多くのスタッフが現状に耐え切れず辞めていきました。

 

私自身も、毎日のように辞めたいと思う気持ちが頭から抜けず、まるで「辞めたい」地獄の底なし沼にはまったような状態でした。

 

そんなとき、転職したスタッフと会う機会があり色々と話をしていると、イキイキと転職先の話をする相手の話しがとても魅力的で、心身共に疲れてしまって

 

いた私はついに転職しようと思いました。

 

でも、一時の感情で転職をしてしまったことを後に後悔して、この後もう一度私は同じ会社で働くようになったのです。

 

不思議なもので他の仕事に就いたとき、あんなに嫌だった会社の良い面が次々に思い浮かぶようになりました。

 

自分の仕事を振ってくる上司も、決して嫌な人ではありませんでした。それに、今思うとスタッフ一人一人の可能性をよくよく見極めたうえで仕事を

 

振ってきたんだと感じます。

 

最初は大変でしたが、結果的に様々な仕事を覚えることができたのですから。

 

その上司に声を掛けられたのがキッカケで再入社しました。この上司には後に仕事で本当に様々なことを教わり、多くの経験をさせてもらいました。

続きを読む≫ 2016/07/10 07:36:10

 

 

私は以前コンビニエンス業界にいたことがあります。正社員だったので正直給料は良かったのですが、営業に数年配属されている間にどうしてもこの仕事は向いていない…と思うようになってきました。

 

そもそも、私は元々コンビニエンス業界にどうしても入りたかったわけではなく、本当は他に入りたい業界があったのですが、就職活動はなかなか厳しく、どこも落ち続けて疲れて凹んでいました。

 

周りの友人達が内定を貰い始めてかなり焦っていました。

 

そして最初に入りたかった業界だけではなく、他の業界も受けてみようと少し幅を広げて受けるようになりました。

 

そんなときにそのコンビニの会社から内定がもらえたので、もうこれ以上就職活動したくない!という気持ちでその会社に入ることを決めました。今考えるとそれが失敗だったと思いますが…。

 

その会社は、新入社員は何年かは必ず営業に配属されるのですが、最初は「まぁ何とかなるだろう」程度に考えていました。

 

しかし実際にやってみて、自分が営業にいかに向いていないかを痛感させられました。担当の店舗をまわるのですが、どの店長さんも結構くせもの揃い。

 

罵倒されたり泣かれたりすることもあったりと、それまでぬくぬくと育ってきた私にはかなりハードで、自分の甘さ・弱さ・情けなさを痛感する日々でした。

 

また、コンビニエンスなので24時間というのも大きかったです。

 

夜中だろうが休みの日だろうが、お店から電話はかかってきます。プライベートで遊んでいるときに電話がかかってきたり、休みの日にお店を見てしまうと仕事のことを思い出してブルーになるようになってきました。

 

最終的には「この会社にいる私が大嫌い」というまで追い詰められてしまい、会社に辞表を出しました。周りの人には直前までまったく相談しなかったので少し驚かれました。

 

でも今考えると、当時は私自身が本当に若かったし経験不足だったなぁと思います。

 

その後結婚するまでは別の流通業の事務職につきましたが、あのつらい思いに比べたらたいていのクレームや仕事上の大変なことも全然楽、と思えました。

 

最初に大変な思いをして、結果的には良かったと感じています。

続きを読む≫ 2016/07/10 07:27:10

 

 

私は数年前とはある歯科医院で歯科助手として働いていました。

 

スタッフは基本的に、院長、副院長、マネージャー、歯科助手が3人に衛生士が1人です。そして日によって別の病院から先生が加わると言う感じでした。

 

院長と副院長以外は全員女性で、人数の割合もそうですが、一通り治療が終わると先生やマネージャーたちはドクター専用の休憩室で過ごしますので女性の職場といっても過言ではありません。

 

私が入社した当時歯科助手は4人でした。

 

Iさん、Sさん、Yさん、そして私。どうやらYさんが妊娠を期に退社をするらしく、その代わりに私が雇われたということでした。

 

Yさんは職場を辞めるまでの間、私の指導係りとして日々仕事に専念していました。一緒にいる時間が長かったので、親しくなるのも自然なことでした。

 

そんなふうにして過ごしていたある日、私が仕事をしていると衛生士のNさんが少し怒った口調で私に注意をしました。

 

『そのやり方一体誰に教わったの?』と。私は突然の出来事に何も言えませんでした。

 

なぜなら、Nさんの後ろから少し離れたところにYさんの姿が見えましたし、私の指導係はYさんであることは皆が知っている事だからです。

 

そんな私の心情を察してか、Nさんは呆れ口調で『Yさんでしょう?ホント何考えてるんだろ?意味の無いやり方仕事教えられて可哀相??』とIさんSさんに同調を求めます。

 

狭い職場なので当然近くにYさんがいることも知っています。私はここで気づきました、Yさんはこの職場で仲間外れにされていることに。指導中に『Nさんには気をつけたほうがいいよ』と言われていましたが、普通に話している様子も見られましたし、この時まであまり実感が湧いていませんでした。

 

その後私は、もともと女子特有のグループと言うものが苦手なので、私は私でみんなと仲良くしようとどちらのグループにも属すことなく 1人のスタッフとして仕事に専念をしていましたが、それが気に食わなかったのかYさんの退職まぎわには、私も標的になっていました。

 

言われた事は大したことではありませんが(Yさんの指導を受けたから使えない等)、あまりに頻繁で心無い言葉に傷ついていたのは確かです。

 

そして数日後、Yさんが退職したのですがこれが最悪でした。

 

私はこれまでそのような状況になっても決して不満を気持ちを口にすることはありませんでした。

 

しかしYさんは職場を辞める際に、私が言ってもいないのに院長やマネージャーに『〇〇さんがいじめを受けていて辛いそうです』と言い残して行ったからです。

 

またそういったサポートがとても下手で、マネージャーは状況を改善すべく、Yさんが言ったことを全てNさんに伝えてしまったのです。私はそんな事は言っていないと弁解をしましたが、誰も信じてくれません。

 

大丈夫か大丈夫かと心配してくれるのは良かったのですが、休なるたび長い時間マネージャーから電話がかかってきます。

 

参照:仕事が辞めたくて転職したい人のためのサイト

 

そんなことが続き、仕事で何も言わせないようにと努力もしてみましたが状況の改善は見られず、休みも休んだような気分にはなれず、1年半後結婚を機に退職しました。

 

私が次に勤めるなら絶対に女性の方が明らかに多い職場は選びません。なぜなら本人の努力があったとしても、勝手に事態が転がされ苦しい思いを経験したからです。

続きを読む≫ 2016/07/10 07:23:10

 

職業について仕事を始めたら、楽しいことばかりではありません。

 

辛いこと、嫌なこと、したくないこと、様々なことがあり、様々な感情になるものです。

 

前向きになれないことが続くと、その仕事自身に見切りをつけてしまおうと思うものです。

 

私も何度もそういう経験をしました。そして乗り越えて今に至ります。

 

私はメーカーの営業職でしたが、最も辞めたいと思ったのは、売上目標を達成できずに追い込まれた時です。

 

私の勤めていた会社の営業職は、売り上げがいかなかったではすませらない社風なので、

 

とにかく営業職は心身のすべてを使って売り上げを上げることを求められました。

 

その追及姿勢は徹底されていました。

 

今振り返るとその社風があったこらこそ、会社の経営が伸びた面もあれば、

 

今でいえばコンプライアンスに抵触する可能性のある結果だったとも言えます。

 

とにかく想像を絶する過酷な仕事でした。

 

仕事の中身自体は面白い仕事だったのです。

 

好きで入った会社だし、商品も好きだったし、会社の基本コンセプトも理解できるものでした。

 

過酷だったのは営業姿勢です。売上目標貫徹の精神論と言えます。

 

理屈ではない世界なんです。有無を言わせない社風。

 

それが辛くて、翌日の仕事を考えると夜も眠れない日々を何度も経験しました。

 

でも、結局辞めるか続けるしかない。

 

結果、この理由、この状態では辞めませんでした。

 

仕事は好きだったし、会社は大企業で安定していたし、待遇は悪くなかったからです。

 

そこでどうしたのかというと、二つです。

 

一つは耐えたのです。

 

達成できなくて上司から罵倒され、同僚からさげすまされてもです。

 

できないものはできないし、頑張っても達成できないことはあるのですから。

 

もう一つは頑張ったのです。

 

あらゆる手立てを考えて頑張り続けたのです。

 

単純に言えばこの二つです。

 

人生は、失敗と成功の連続です。

 

うまく行く時もあれば、うまく行かない時もあります。

 

でも頑張らないのは逃げているだけ。

 

辞めるのは簡単ですが、何も成し遂げずに辞めてしまったら、負け犬ですし、どんな職場に行っても嫌な事があったら逃げる自分になってしまう。

 

そう考えたのです。

 

辛いことは山ほど人生にはあるのです。

 

その度毎に逃げていたら、本当に負け犬です。

 

耐えて、頑張る。

 

そして色んな経験をして、経験を能力に活かす。

 

これです。

続きを読む≫ 2016/07/10 07:21:10

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